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「6才のボクが、大人になるまで。」 [映画]

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〔2014年/アメリカ〕


テキサス州に住む6才の男の子・メイソン(エラー・コルトレーン)は、
お母さん(パトリシア・アークエット)と、
お姉ちゃんのサマンサ(ローレライ・リンクレイター)の3人暮らし。
お父さん(イーサン・ホーク)は、お母さんと離婚して、
アラスカに旅に出た自由人だ。


お母さんが、大学に入る為、
3人はヒューストンへ引っ越す事に。
ヒューストンにはお祖母ちゃんも住んでいる。
そして、放浪を終えて帰って来たお父さんとも、
時々会えるようになった。


そんな中、お母さんが再婚する。
義父には、
メイソン姉弟と同じ年恰好の子供が2人いて、
4人はすぐ仲良しになり、数年が経つが、
支配欲の強い義父の、異常行動が顕著となり、
お母さんは、メイソンたちを連れて家を出る。


お母さんが大学の先生の仕事を得、
3人はオースティンに引っ越す。
実のお父さんは再婚し、
赤ちゃんが生まれ、
メイソンは思春期に差し掛かっていた・・・。





凄い。
奇跡の映画だと思う。


何も考えないで観れば、
平凡な一人の少年の成長期なんだろうけれど、
実はこれが今までにない映画。
主人公のメイソンを演じるエラー・コルトレーン君が6才の時から、
実際に12年間かけて撮影したものなのだ。


6才といえば、
まだまだルックスも固まっておらず、
将来、どんな大人になるか、
想像できる人はいない。


とんでもなく太ってしまったとか、
ハリウッドの子役にありがちな、
麻薬などの犯罪で逮捕される可能性もある。
自我の芽生えにより、映画になんか出たくないと
言い出す事も有り得る。
そんな可能性を全て回避し、
映画が完成したというのが、
私には奇跡としか思えない。


シリーズ物の映画やドラマでは、
子役の子の成長が見られるものもあるけれど、
もし、その子が何かの事情で、
出演できなくなったとしたら、
代役を立てればいいわけで、
この映画のように、同一人物でなければ絶対に駄目という事はない。


しかも、このエラー君、
中々のイケメンに成長しているじゃないの(笑)。
1人の男の子の12年分の成長を、
映画の中で観られるなんて、
親のような気持ちになっちゃって、
ちょっとした感慨を覚えたりして。


私がこの映画を好きな所は、
主人公が、特別な子供ではなく、
平凡な、アメリカのどこにでもいそうな子として
描かれている所。
平凡こそ命の私には、
普通の少年の普通の生活が見るのが
とても楽しかった。


気になった事がある。
メイソンの母が再婚して、
でも、その夫の異常性が明らかになってきた時、
母は、メイソンと姉のサマンサを連れて家を出るけれど、
夫の連れ子である姉弟は、
置いてこざるを得なかった。
(実子ではないので、連れ出せば誘拐になるという)


あの子たちは、その後どうなったのだろう。
2度と出てはこなかった。
彼らだって、
メイソンの母と一緒に家を出たかっただろうに、
血の繋がりというだけで、
父と一緒に暮らすしかないわけで。


もちろん、メイソンが主役である以上、
彼を取り巻く全ての人々は、
彼の人生を通り過ぎるだけであるのは分かっているけれど、
あの子たちを思うを可哀相で。
どんな親から生まれても、
運命として受け入れるしかないんだろうけど。


しっかし、この母も懲りない人だ。
その後も、また新しい男を家に引き入れ、
男とメイソンが、ギクシャクしたりしている。
2度も離婚しているんだから、
男と関係するなら、
外でしてほしいものだわ。
恋愛するなとは言わないからさ。


この映画、
公開されたのが去年の11月。
観たいと思いつつ、
2時間45分と、とても長く、
そのうちそのうちと思っている間に、
半年も経ってしまった。
いまだに劇場公開されているのが不思議なくらいだけど、
きっと根強い人気があって、
客足も途絶えないのでしょうね。
実際、私も、劇場で観て良かったと思ったし。
長いけど、最後まであっと言う間だった。


評価 ★★★★☆

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「ジヌよさらば かむろば村へ」 [映画]

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〔2015年/日本〕


東北の過疎化した村にやって来た松田龍平。
彼のようなイマドキの若者がなぜここへ?と
村長・阿部サダヲや、村民たちは訝しむが、
なんと松田は、現金に触れない、見るのも嫌だという、
現金アレルギーに罹っているのだと言う。


「金を1円も使わずに生活する。電気もガスも水道もケータイもいらない」
と言う松田に、
阿部は「東北の寒さをナメるなよ」と言い、
その言葉通り、
凍えそうになる松田。


しかし、他人の世話を焼かずにいられない阿部と、
彼の妻・松たか子は、
自分たちの経営する商店で松田を働かせ、
報酬を金でなく、現物支給で支払う事にする。


そんな生活も落ち着きを見せた頃、
村に不審な男・松尾スズキがうろつき始める。
どうやら、阿部には何か秘密があるらしい・・・。





ある会社の社員さんに聞いた話だけれど、
その会社の支店がある、○○島に転勤になると、
島に娯楽が全く無い事から、
金が驚くほど貯まる、という事だ。


てっきり私は、この映画もそういった話なのかと思っていた。
「金を使いたくない主人公」という予備知識から、
倹約して、金を貯めたいのかなぁ、と。


でも、全然違ってた。
松田龍平は、とにかく金そのものに触れない。
触れないというより、怖い。
それは現金だけに限らず、
銀行預金も要らないという重篤な症状。
通帳と印鑑が捨ててあるのを見つけた、
村のおばさん・片桐はいりが、
卒倒してしまうのが可笑しい。


しっかし、金に触れない主人公を見れば見るほど、
生きていくには、やっぱり必要最低限の金が必要なんだなぁと感じる皮肉。
冬を暖房も無しに乗り切ろうという松田を見ていると、
それだけで、私には絶対無理、と思ってしまう。


金に触れない松田を、
他に仕事がないとはいえ、
商店で働かせるってどうなのよ(笑)。
レジはしないとしても、
仕入れがあれば、支払いもあるだろう。
やっぱりどんなシチュエーションにおいても、
人間が生活していく以上、金の受け渡しは発生する。


松田君、
金に触れないと言うくらいだから、
ヘナヘナの草食系男子なのかと思いきや、
性欲は有り余っているようだ(笑)。
突然、二階堂ふみとの激しいキスシーンが始まったり、
彼女の太腿に欲情し、押し倒すシーンにビックリ。


お話が進むにつれ、
「金に触れない」という重要事項が、
物語に関係なくなってくるのが残念。


評価 ★★★☆☆

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「ミラクル7号」 [映画]

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〔2008年/香港〕


元気な小学生の男の子ディッキー(シュー・チャオ)は、
お母さんを亡くし、お父さんと2人暮らし。
お父さんは、自分に無い教育をディッキーにだけは
身に付けさせたいと、
貧乏なのに、私立の有名小学校にディッキーを通わせている。


ディッキーの身の回りの品は、
お父さんがゴミ捨て場から拾ってくる。
だから、彼は学校でも浮いた存在で、
学友からも、いじめられている。


ディッキーの靴がボロボロな事から、
その夜も、ゴミ捨て場に行ったお父さんは、
緑色のゴムボールのような物を拾い、持ち帰る。


普段、学友が持ってくる、
高価なオモチャを羨ましく思っていたディッキーは、
学校にそのボールを持っていく。
最初は馬鹿にしていた学友たちだが、
ボールから犬のような足と顔が出てきて、
皆、驚く。


ディッキーは、この不思議な生き物を
「ナナちゃん」と名付け、可愛がるようになる。
実は「ナナちゃん」は宇宙から来た生物だとは知らずに・・・。





香港版「ET」といった趣きの、
ファンタジー。


宇宙から来た「ナナちゃん」は、
最初、メロンほどの大きさのボールだったものから、
顔が出て、足が出てくる。
この子の何が可愛いって、
その体つきと動き。


シリコンゴムみたいな質感で、
短い脚が犬のように動くものだから、
その愛らしさに、目を奪われてしまう。
正直、顔は私の好みではないけれど(笑)、
体を見ているうちに、
顔まで可愛く思えてくるのだから不思議。


ディッキーとお父さんの関係もいい。
お父さんはなんとかディッキーに
教育をつけさせてやりたいと必死なのだけれど、
如何せん、貧乏で。


ボロボロの拾った靴に、
薄汚れたシャツ。
住んでる所も、
廃屋のような建物で、
殆どホームレスのような状態。
それでも、お父さんは自分の考えを変えない。
ディッキーの将来を考えると、
教育を付けさせるのが一番だと。
それは見栄などでは絶対になく、
ディッキーを思う深い愛情だと伝わってくるから、
悪い感じはしない。


ディッキーの学校は名門といえる私立だけれど、
悪ガキがいるのは、いずこも同じなようで。
最初は、貧乏なせいでいじめられるディッキーだけど、
「ナナちゃん」のおかげでみんなと仲良しになれる過程もいい。


評価 ★★★☆☆

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「エンド・オブ・ザ・ワールド」 [映画]

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〔2012年/アメリカ〕


地球の接近する小惑星の衝突を回避しようと、
世界であらゆる方法が試されるも失敗。
21日後、人類に人類は滅亡する運命となる。


それを機に、妻に去られたスティーヴ・カレルは、
今までと変わらない生活をしながら「その日」を迎えようと、
平静を保とうとするが、
友人に女を紹介されたり、
家の周囲では暴動が起こったりと、
世間はかびすましい。


そんな中カレルは、
同じアパートに住む若い女・キーラ・ナイトレーが、
「最後の時を、イギリスにいる両親と過ごそうと決めていたのに、
飛行機に乗り遅れた」と号泣している所に出くわす。


ナイトレーと会話をしたのは初めてだったが、
なんと彼女は、
誤配達のカレル宛ての郵便物を3年分も溜め込んでおり、
なんとその中には、カレルが忘れられない昔の恋人・オリヴィアからの
手紙が混ざっていた。


暴動が激しさを増す中、
2人は街を脱出、
オリヴィア探しと、ロンドン行きを目指して、
車を走らせるが・・・。





もう確実に、
あと21日で人類が滅びるとしたら、
自分はどうするだろうと考えさせられる。


映像を観ていて、一番最初に思ったのは、
絶対、車での移動はしたくない、という事。
なぜなら、道路は大変な渋滞で、
進むのも一苦労。
あと少ししか生きられないのに、
そんな事で時間を無駄にするのは勿体ないと思ったから。


残された時間を、
自分は大切な人たちと、
穏やかに過ごせれば、
特別な事は何も望まない、と思う。
ただ、大切に思う人たちが、
必ずしも近所に住んでるわけじゃないしなぁ、
電車が動いていればいいけど、
動いてなかったら、車で移動するしかないんだろうか、などと、
頭の中はシュミレーションで、グルグル回る。


映画では暴動が起きていたけれど、
日本だったらどうだろう。
震災の時のように、
多くの人々は秩序を守り、
穏やかにその日を迎える気がするけど、
その時になってみないと分からない。


映画の途中で、
イライラさせられる場面があった。
車を運転してたスティーヴ・カレルとキーラ・ナイトレーは、
パトカーに止められる。
(田舎道なので渋滞はしていない)


そして、テールランプが点いていないとか、
そんな「くだらない」理由で、
一晩留置場に入られるのよ。
実際に、そんな馬鹿丸出しの警察官がいたら、
私だったら殺意を覚える。


まぁ、それも、
このロードムービーを膨らませる為の、
一つのエピソードに過ぎない事は分かってるんだけど、
切羽詰まった状況なので、
つい本気で観ちゃうんだよなぁ(笑)。


こういった、「惑星がぶつかって世界が終わる」的な映画は沢山あるけど、
私が一番好きなのは、
邦画、「フィッシュストーリー」。
「終末」だけがテーマではないけど、
小さな話が重なって、ラストに繋がる物語は、
本当に大傑作。
多くの方に観てほしいなぁと思う1本。


評価 ★★★☆☆

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「妻への家路」 [映画]

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〔2015年/中国〕


思想犯として強制労働送りになっていたルー・イエンシー(チェン・ダオミン)は、
妻・フォン・ワンイー(コン・リー)と娘・タンタン(チャン・ホエウェン)会いたさに脱走し、
彼女たちが住むアパートにやって来る。


しかし、イエンシーのせいで、才能はあるのにバレエの主役になれないタンタンは、
当局に密告、
イエンシーはワンイーに会えないまま、再び拘束され、連行される。


数年後、文化大革命が終結し、解放されたイエンシーは、
やっと家に戻るが、
ワンイーの様子がおかしい。
彼女はイエンシーの顔を見ても、
初めて会った人のような振る舞いを見せるのだ。


タンタンに会い、事情を聞いたイエンシーは驚く。
ワンイーは2年ほど前から、
原因不明の病気で、
イエンシーの記憶がすっかり無くなってしまったと言う。


なんとか妻の記憶を取り戻させたい。
イエンシーは、ワンイーのアパートの向かいに部屋を借り、
様々な方法を試す日々が始まるが・・・。





8年ほど前、年下の友人が大学生の授業で、
「コン・リーの映画を何でもいいから3本観て、感想を提出する」という
課題が出たとの事で、
何を観たらいいか、聞かれた事があった。


私もコン・リー姐さんの映画を全部観ているわけではないけれど、
とりあえず、一番の大作で、姐さんの代表作とも思われる、
「さらば、わが愛 覇王別姫」は当然選ぶとして、
たしか他に、
「菊豆〈チュイトウ〉」
「きれいなおかあさん」
「上海ルージュ」など、
上映時間がそう長くなく、
他の学生が選ばなさそうな作品を勧めたような記憶がある。


私が今まで観た、映画の中の姐さんは、
いつでもカッコいい。
特別美人とは思わないけれど、
どんな役をしても、
内に秘めた強さが滲み出てしまう、
そんな女。
「姐さん」と呼んでしまうのも、そんな理由。


この「妻への家路」で、
久し振りに姐さんを観たけれども、
やっぱり良かった。


心の底から愛する夫を待ちわびる妻。
でも、やっと帰ってきた夫を目の前にしても、
なぜか夫を夫と認識できない妻の役を、
素晴らしい演技力で魅せてくれる。


姐さんは、自分に夫がいる事自体を忘れたわけではなく、
夫を待つ強い気持ちは、ずっとそのまま。
だから、彼女は毎日駅に行く。
「今日こそ、今日こそ、彼は帰ってくる」と。


「姐さん、夫はもうとっくにあなたの目の前にいるのよ、
そこにいる人がそうなのよ」、と、
観ているこちらは言いたくなるけれど、
イエンシーはまるで、透明人間のように、
彼女の眼中には入ってこない。


そう、姐さんは、
イエンシーの事だけでなく、
もう正常な日常生活を営めないくらいに、
病んでしまっているのが分かる。
認知症に近い症状なのかと思わされる場面もある。


目の前にいる自分を認識はできないけれど、
彼女の行動から、
いかに自分が深く愛されているかを知るイエンシーの気持ちが切ない。
私だったら、
「一生、この人の傍に寄り添おう、病気を治してあげよう」と思うだろうし、
実際、彼は献身的に姐さんに尽くす。


辛いけれど、あたたかい映画だった。
結末については、色々なご意見がありそうだけれど、
私は、あれが一番自然で納得のいく帰結だと思う。
他の終わりは考えられない。


評価 ★★★★☆

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