「母を求める子ら」 [映画]
〔1956年/日本〕
山本あき(三益愛子)は、
7年前から行方不明の息子・武夫を探して、
暇を見つけては、
日本中の孤児院を尋ね歩いている。
信州の、ある孤児院を訪ねた際、
そこにいた武夫と似た年恰好の少年・利男に
引き付けられたあきは、
そのまま、その孤児院で働こうと決める。
孤児院の少年少女たちは、
それぞれの理由で、ここで生活している。
親が見つかり、
引き取られる子、
それを羨ましそうに見ている子、
悲喜こもごもだ。
そんなある日、
武夫に間違いないと思われる少年が、
長崎の孤児院にいると連絡が入り、
あきはすぐに駆け付けるが・・・。
こちらも、昨日書いた、
三益愛子さんの「母もの」の1本。
けれど、昨日の三益さんが、
世間知らずの粗野な母だったのに対して、
こちらは、
大変に品格のある、
聖母のような母。
ここで言う「母」とは、
子供を持つ親と言う意味での「母」というのもあるけれど、
親の無い子供たち全員の「母」という意味もある。
「母もの」というだけで、
想像が付くと思うけれど、
とにかく、悪人が出てこない。
例えば、
脱走癖のある少年・利男は、
実は、自分の本当の母の居場所を知っていて、
その姿を見たいために、
時々、いなくなる。
理由を知った三益さんが、
その事を母親に話しに行くと、
母親は驚き、
そして、母親の再婚相手は、
実に気持ちよく、
利男を引き取ると言ってくれる。
現実には、
中々こうスムーズには
話が進まないだろうが、
これは映画だ。
スムーズ上等、
観ていて、幸せな気持ちになれる。
それはそうと、
三益さんの幼い息子がいなくなった
経緯がショック。
息子は、かくれんぼをしている最中、
いなくなった。
本当に突然に。
世間には「神隠し」なる言葉があるけれど、
そんなものは、実際ありはしない。
連れ去られたか、事故に遭ったと思うのが
普通であろう。
こういった事件は、
現代でもたまにある。
なんとか解決してほしいと思うばかり。
ラスト、悲しい事もあるけど、
前も向いて生きていこうという、
希望の光が見えるのもいい。
評価 ★★★☆☆
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今年も今日で終わります。
色々ありましたが、
楽しい事が多く、幸せな一年でした。
昔、仲の良かった友人が、
突然連絡をくれて会ったり、
旅行にも沢山行きました。
こんな私に、
優しく、親切に接してくださる皆様に、
心から感謝しています。
「我以外、皆、師なり」
この言葉を忘れずに、精進していきます。
来年も、いい年になりますように。
「母の旅路」 [映画]
〔1958年/日本〕
笹井晋吾(佐野周二)と京子(三益愛子)は、
サーカス団を営む夫婦。
晋吾が若い頃、満州を放浪している際、
困っていたのを助けてくれたのが、
このサーカス団なのだ。
一人娘の泰子(仁木多鶴子)は中学生。
ブランコ乗りに、天性の才能を発揮するが、
高校に進学したいと考えている。
実は晋吾は、大企業の御曹司。
ある時、久し振りに墓参りに行くと、
偶然、昔の恋人・伊吹和子(藤間紫)と再会する。
和子は、晋吾の代理で社長をしているが、
「女に限界がある、
どうか社長に就任してくれないか」、と言う。
泰子のためにも、落ち着いた生活がしたいと
考えていた晋吾は、
それを了承し、
サーカスは団員に任せ、
家族3人で都内の豪邸で暮らし始める。
しかし、サーカスで生まれ、サーカスで育った京子は、
山の手の奥様然と振る舞う事ができず、
晋吾の会社や、
泰子の学校で、
2人に恥をかかせてしまう・・・。
川口浩様のお母さまである、
三益愛子さんには、
「母もの」という、シリーズ化された作品が
33本もあるという。
これも、その「母もの」の1本で、
今回、劇場公開された。
浩様のお母さまといえば、
私にとっては姑も同然(違う?(笑))。
できれば、出演作全制覇したいくらいの女優さん。
しかも、
この映画の原作者は、
三益さんの旦那様で、
浩様のお父様の川口松太郎さんだ。
浩様のお父様といえば、
私にとっては舅も同然(まだ言ってる(笑))。
この機会に観にいくのは当然であろう。
で、映画。
さすが、三益愛子さん、
上手いなぁ。
サーカスしか知らない女が、
いきなり山の手の奥様になったはいいけれど、
どうしても、それなりの振る舞いができないという役を、
説得力のある演技で見せる。
三益さん演じる京子は、
自分の何が悪いのかも、
よくは分かっていない。
夫のため、娘のために、
懸命に尽くしているつもりなのに、
でも、どこへ行っても浮いてしまう。
そもそも、着物の着付け方からして、
襟元が緩く、
いかにも着慣れていない風な
演出がなされている。
観ているこちらが、
「あ・・・困ったな・・・」と思ってしまうような。
娘の幸せを願い、
離れて暮らそうを決意する母というと、
アメリカ映画「ステラ」を思い出す方も多いだろう。
「ステラ」も、とても良かったけど、
あの映画より、30年以上も前に、
既に日本でこのような映画が作られていたんだなぁと思う。
日本映画はやっぱり凄い。
田宮二郎さんが、サーカスの団員役で、出ている。
セリフはたった一つ、
「どうもすみません」。
何が「すみません」かって、
妊娠してしまった、女性団員の、
お腹の子の父親が、田宮さんらしい。
で、謝ってると(笑)。
後のスターも、
こんな端役の時代があった。
いい男すぎて、
サーカス団の中で、
思いっ切り、目立ってたけど(笑)。
評価 ★★★☆☆
「レディ・ガイ」 [映画]
〔2016年/アメリカ〕
凄腕の殺し屋フランク・キッチン(ミシェル・ロドリゲス)は、
顧客で、マフィアのボスでもある
オネスト・ジョンと、その手下に襲われ、
気が付くと、
汚いホテルの一室に寝かされていた。
目覚めた瞬間、
自分の体に違和感を覚える。
何だろう、
何かが今までと違う。
ん?
何だ?
何でこんなに、胸が膨らんでいるんだ?
・・・!?・・・!?・・・!?
う、嘘だろ!?
無いよ!
付いているはずのモノが無い!
俺は女にされちまったのかーーーーー!?・・・。
試写会で観た。
「んな馬鹿な」という展開(笑)。
殺し屋が襲われ、
目が覚めたら、
女に手術されていたという、
トンデモ映画。
なぜ、そんな事になったかって、
事の発端は、
ミシェル・ロドリゲス演じる殺し屋フランクが、
シガニー・ウィーバー演じる医者の
弟を殺してしまったせい。
シガニーというのが、
いわゆる、マッド・ドクターで、
変な信念というか、思考回路というか、
とにかく、弟の敵討ちのために、
フランクを女にしたというのだけれど、
説明を聞いても、
私には、その理由がよく分からない(笑)。
ポスターの、
ロドリゲスの向こうに写ってる、
シガニーの写真が怖いよ(笑)。
しかも、シガニーったら、
「普通、この手の手術には大金がかかるものよ」だと。
タダで施術してやったんだから、
ありがたく思えってか?(笑)
そんな事、頼んでないっつーの。
当然、フランクはショックで呆然。
他の医者に、
元の体に戻せないかと聞くけれど、
無理だと言われる。
まぁ、確かに無理でしょうな。
ミシェル・ロドリゲスは、
元々、色気で売ってる女優じゃないけど、
じゃあ、男に見えるか、といえば、
そこは微妙。
そういう目で見れば見るほど、
可愛らしく見えてくるから不思議だ。
逆に、一度だけ、
金髪のウィッグを付けて、
女らしい格好をする場面があるのだけれど、
そちらがオカマのように見えて可笑しかった。
男に扮すると、女を感じ、
女っぽくすると、男のようだし、
本当のロドリゲスって、
どんな女性なんだろう。
話の展開が、
わたし的には、ちょっと残念。
時間が前後するのが、
ちょっと面倒くさい。
そういう表現が面白い映画も沢山あるけど、
この映画に限っては、
そのような小細工なしで、
ストレートに見せた方が、
より面白い気がするんだけど。
もちろんそれは、私が勝手に感じた感想だけど。
評価 ★★★☆☆
「オレの獲物はビンラディン」 [映画]
〔2016年/アメリカ〕
コロラド州の田舎町で暮らす、
ゲイリー・フォークナー(ニコラス・ケイジ)は、
アメリカをこよなく愛する男。
彼は、911事件の首謀者である
ビンラディンを、
政府がなかなか捕まえられない事に、
イライラしている。
そんなある日、
神からの啓示を受ける。
「お前こそが、ビンラディンを捕まえなければいけない」と。
以来、ゲイリーは、
何とかして金を調達し、
武器に日本刀を用意し、
パキスタンに渡るのだが・・・。
フィクションかと思っていたら、
なんと、実話なのだそうだ。
その証拠(?)に、
エンドロールで、
本物のゲイリー・フォークナーさんが出てくる。
劇中のセリフにもあるけど、
このフォークナーさん、
多少、精神に異常をきたしていると思われる。
ハッキリとした病名は付けられないらしいけど。
ニコラス・ケイジの演技もあるだろうけど、
とにかく、異様にテンションが高い上に、
思い込みが激しい。
そして何より、
病院のモニターなどを見ると、
そこに神様が映っていて、
フォークナーさんに、
「ビンラディンを捕まえられるのはお前だけ」みたいな事を
しつこく言ってくる。
で、すっかりその気になってしまうという。
そこを面白おかしく描いてあるので、
笑って楽しんでしまえばいいのだろう。
彼の武器が、
日本刀というのが、
何より、嬉しいじゃないか(笑)。
彼はそれを持って、
飛行機に乗ろうとする。
当然、断られる(笑)。
でも、パキスタンでも持っているところを見ると、
客室持ち込みが禁止なだけで、
荷物として預けるならOKらしい。
それって、現実にもそうなんだろうか。
何らかの法律に抵触しないのだろうか。
でも実話だしなぁ。
まぁ、いいけど(笑)。
それから、知らなかったけど、
劇場で、先着順プレゼントというのをいただいた。
その品というのが、
ニコケイと、ビンラディンが肩を組んでいる
クリスマスカード(笑)。
今頃載せたって、
もうクリスマスは終わったっつーの(笑)。
でも一応、アップしておきます。
評価 ★★★☆☆
「足にさわった女」 [映画]
〔1952年/日本〕
上司から、
有給消化をしろと命令された刑事(池部良)は、
休みたくはないのだが、
渋々休暇を取り、
東京に向かう列車に乗る。
すると、食堂車で、
有名作家・坂々安古(山村聡)が、
編集者を相手に、
犯罪を犯す女に美人はいないと、
持論を展開している。
刑事は思わず、
坂々に反論した。
「女の犯罪者にも美人はいる」と。
列車内には、
刑事の顔見知りのスリ・さや(越路吹雪)が
乗っていた。
さやは、
戦時中、スパイの嫌疑をかけられたまま
死んでいった父の法事を
行うため、伊豆下田に向かっていた。
父に酷い事を言って追い出した、
親類縁者たちを見返すために、
ド派手な法要をしてやると・・・。
以前、増村保造監督、京マチ子さん主演の、
「足にさわった女」は観た時、
お二人の事は大好きなのに、
映画にはピンとこなかった記憶がある。
自分に合わなかったのか、
それとも、
名画座で4本連続で観た、
4本目だったので、
疲れていたのか(笑)。
本作は、越路吹雪さん主演の、
オリジナル。
越路さんの、
ルックス、台詞回し、動き、
その全てがコミカルで、
笑ってしまう。
劇中、何度も、越路さんを
「美人」という場面があるのだけれど、
これが冗談なのか、
本気なのかが、
私には判断がつかなくて困った。
(ごめんなさい)
だって越路さんが、
どんなに男性に迫っても、
なんだか、女という感じがしない。
(重ね重ね、ごめんなさい)
それは、魅力がないというわけではなく、
いわゆる、
たおやかな色っぽさがないせいだろうと
思われる。
なぜか、彼女と知り合う男性は、
みんな、彼女に夢中になってしまう。
それから、
越路さんの伊豆下田の場面に
めっちゃ考えさせられたなぁ。
現在の自分がどんなに立派で、
羽振りがいいかを、
親戚連中に見せつけるために帰ったというのに、
親戚の人々は、
もう敵ではなかった。
人々は、
戦争のせいで、貧しく、
ボロボロの着物を着て、
食事も満足に取っていないようで、
越路さんは、啖呵を切ろうにも、
それどころではない状態だったから。
復讐ってなんだろう、
時の流れってなんだろう、と
考えずにはいられなかった。
ところで、京マチ子さん版に、
故郷でのこんな場面ってあったっけ?
あったら記憶に残ってる気もするんだけどなぁ。
忘れちゃっただけなのかなぁ。
評価 ★★★☆☆