「処女が見た」 [映画]
〔1966年/日本〕
京都の尼寺・西入庵を取り仕切る尼僧・智英(若尾文子)は、
本寺の住職から、
17歳の不良少女・和恵(安田道代)を預かってほしいと頼まれる。
養父母の家で暮らす和恵の性格はひねくれ、
素行不良で学校を停学になったのだ。
西入庵にやって来た当初は、
智英や、他の女たちに歯向かってばかりの和恵であったが、
智英の美しい心と、美貌に惹かれ、
次第に心清らかになってゆく。
そんな中、本寺の住職が死ぬ。
後釜にやって来た住職・行俊(若山富三郎)は、
好色そうな俗物で、
亡くなった前住職の高潔さは、
欠片も持ち合わせていない男。
ある日、本寺に、茶会の為の茶碗を借りにいった智英は、
蔵の中で行俊に凌辱されてしまう。
我が身を汚された智英は、一心に読経を続けるが、
以降、行俊の誘いに抗えず、
ついに妊娠してしまう。
そんな2人の関係に気付いた和恵はショックを受け、
西入庵を飛び出すが・・・。
若尾文子祭で上映された作品で、
未見だった1本。
同じ若尾さんの、
「雁の寺」と「越前竹人形」を合わせたようなお話だけれど、
これはこれで面白く、
最後まで目が離せない。
映画全体が醸し出す色気が半端ない。
なんだろうな、この若尾文子って人は。
男を知らない尼僧の役で、
御高祖頭巾を被ってはいても、
隠しても隠しきれない、その色気。
そんな私には無いものを多分に持ち合わせている若尾さんが、
私は大好き。
そして、そんな若尾さんに襲いかかる、
若山富三郎の、好色さ、厭らしさ。
生臭坊主とは、彼の為にあるような言葉だわ。
若山さんと、弟の勝新太郎さんは、
とっても良く似ているけれど、
勝さんが、どこか末っ子的な子供っぽさがあるのに対して、
風格という点では、若山さんの方が凄いと感じる。
そんな彼と若尾さんの共演が、
つまらないはずがない。
一箇所、笑える場面がある。
不良少女・和恵を預かった若尾さんは、
彼女が夢中になっているという、
ロックのフェスティバルに行く。
(フェスのタイトルは、「エレキの祭典」だ(笑))。
今までお経しか聞いた事のなかった若尾さんは、
その激しい音楽に圧倒され、
最初から最後までお口ポカン状態(笑)。
でも、嫌いというわけでもなさそうで、
私はこのまま若尾さんが感化されて、
尼さんロックバンドでも始めるのかと思ったよ(嘘ですが(笑))。
昔はギターは不良がするものだと言われていたと聞くけれど、
これなど、その典型的な内容。
今は、学生がバンドをしているなんて、
むしろ健全な趣味という認識だから、
変われば変わるものだ。
ラストが、私にはちょっと物足りなかった。
行俊はもっと、
社会的な制裁を受けた方が、
観ているこちらの溜飲も下がるのでは。
詳しくは書けないけれども。
評価 ★★★★☆