SSブログ

「原爆の子」 [映画]

genbakunoko.jpg
〔1952年/日本〕


瀬戸内海の島で、
小学校の教師をしている乙羽信子は、
7年ぶりに、故郷・広島に帰る。


7年前、昭和20年8月6日。
乙羽以外の家族は全員“ピカ”で死んだ。
今回の帰郷の目的は、
“ピカ”で生き残った3人の生徒の様子を見る事だった。


広島に着いてすぐ、
乙羽は盲目の物乞いに出会う。
彼が、以前、自分の父が経営する工場で働いていた
滝沢修だと気付いた乙羽は、声を掛け、彼の家に行く。
滝沢は、“ピカ”が原因で目が見えなくなり、
息子と嫁は死んだ。
たった一人の孫は、養護施設にいると言う。


乙羽は、3人の生徒の家を訪ね歩く。
1人は、家計の為に靴磨きをし、
1人は、原爆症で寝たきり、
そしてもう1人は、元気で暮らしていたが、
両親を亡くしていた。
“ピカ”で足を引きずるようになった姉・奈良岡朋子が、
今日、お嫁に行くと言う。


それぞれが抱える悲しみ・苦しみに、
乙羽の心は曇るばかり。
彼女は滝沢に、
自分が彼の孫を引き取り、
島で育てたいと申し出るが、
たった一人残った肉親と離れて暮らすのは耐え難いと、
滝沢は頑なに拒否する・・・。





化学兵器の恐ろしさは、
戦争が終わって何年経っても、
突然、その後遺症が現れ、死に至る場合がある事だと、
この映画を観ていて、つくづくと感じる。


戦争中、阿鼻叫喚の中を逃げ回るという映画はよくあるけれど、
戦争が終わって数年後に、
人々がどんな暮らしをしているかを描いたという点に、
この映画の意味があると思う。


変な言い方だけれど、
そういう意味で、派手さは無い。
乙羽信子は、淡々と、
原爆の被害者たちと接する。
その瞳はどこまでも優しく深く、
自分も同じ体験をし、家族を失った仲間として、
憐みの気持ちではなく、同じ目線でいるから、
興味本位のような、不快感はない。


乙羽は、久し振りの広島の街を見て、
「川も、空も、美しさはあの日と同じ」と、
心でつぶやく。


川や空は何も変わっていないのに、
街にはまだ、原爆の爪痕が無数に残る。
戦争は、一瞬にして、
人が努力して積み上げてきた幸せを奪う。
月並みな言い方しかできないけれど、
戦争は絶対に嫌だ。


今年、5月29日に亡くなられた、
新藤兼人監督の作品。
脚本も監督が書かれている。


新藤監督の凄い所は、
この映画のような、
社会に問題提起するような作品もあれば、
「安城家の舞踏会」のような華族物、
そして、「卍」のような性典物(というのか分からないけれど)まで書けちゃう、
その幅の広さ。
私のような者が書くのもおこがましいが、
素晴らしい才能の持ち主だったのだなぁと、
尊敬する。


評価 ★★★★☆

nice!(21)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 21

コメント 2

レモン

この頃にくらべると、現代人は なんて幸せなんだろうと思います。

衣食住に恵まれていても、「もっと・・・もっと・・・・・。」って
なんだか 満たされない気持ち・・・。

卍、・・・観たいです。(*^-^*)
by レモン (2012-07-26 12:25) 

青山実花

レモンさん
コメントありがとうございます。

本当に、贅沢を言ってはバチが当たりますね。
ほどほどの生活がいいとは分かってはいても、
つい欲が出てしまって・・・。

若尾文子さんの「卍」、
馬鹿馬鹿しくて良いですよ(笑)。
機会があったら、ご覧になってみて下さいね。
くだらなくて笑えます。

by 青山実花 (2012-07-26 23:43) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0